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名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)2755号 判決

原告

愛知ドピー株式会社

右代表者

土方司馬一

右訴訟代理人

大山薫

被告

玉岡冨美

被告

玉岡暉敏

被告

玉岡義敏

被告

中井美智子

被告

小川悦子

被告

中井千代子

被告ら訴訟代理人

細見利明

主文

一  原告に対し、被告玉岡冨美は金二七二万六六六六円、被告玉岡暉敏、同玉岡義敏、同中井美智子、同小川悦子、同中井千代子は各金一〇九万〇六六六円、及び、いずれも右各金員に対する昭和五二年一二月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告玉岡冨美は、原告に対し、金二七二万六六六六円及び内金九六万六六六六円に対する昭和五二年一一月二三日以降、内金七九万三三三三円に対する同年八月二日以降、内金九六万六六六六円に対する同年九月一日以降各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告玉岡暉敏、同玉岡義敏、同中井美智子、同小川悦子、同中井千代子は、原告に対し、それぞれ金一〇九万〇六六六円及び内金三八万六六六六円に対する昭和五二年一一月二三日以降、内金三一万七三三三円に対する同年八月二日以降、内金三八万六六六六円に対する同年九月一日以降各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言。

二  被告ら

(本案前)

1 本件訴を却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

(本案)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は繊維機械の製造・販売等を業とする会社であるが、訴外大泰企業株式会社(以下大泰企業という。)に対し、(1)昭和五二年一月六日に繊維機械ドピー機二〇台を代金二九〇万円で、(2)同年二月二三日と同年三月一四日にドピー機一六台と綜絖ガイド二〇台を代金合計金二三八万円で、(3)同年三月二八日にドピー機二〇台を代金二九〇万円でそれぞれ売渡したが、右各代金の弁済期は(1)が昭和五二年六月三〇日、(2)が同年七月三一日、(3)が同年八月三一日の約であり、原告は、大泰企業から、大泰企業を振出人、原告を受取人とし、右各弁済期を満期とする金額右各代金額の約束手形三通を右各代金支払の方法として受取つた。ところが、大泰企業は、昭和五二年四月三〇日不渡手形を出して倒産し、その後破産宣告を受けたため、原告は、前記債権を回収することが不能となつた。

2  承継前被告亡玉岡越郎(以下越郎という。)は、原告に対し、つぎのとおり、原告が被つた右回収不能による損害について商法二六六条の三に基づく責任を負担する。

(一) 越郎は大泰企業の代表取締役であつたが、大泰企業は越郎の放漫経営が原因となつて倒産した。すなわち、大泰企業は、昭和二六年三月二三日設立された繊維機械の輪出販売等を目的とする会社であるが、台湾にある取引先台湾法人から松山式織機購入の申込みを受けていたところ、昭和四八年頃右取引先からその頃の残台数三七〇台位について注文取消しを受けるという事態が発生したため、原告を含む大泰企業の仕入先国内メーカーは損害を被つた。そこで、越郎は右メーカーの一社である訴外株式会社丸松製作所(以下丸松製作所という。)の資金繰りを援助するため、商品代金の前渡金という名目で大泰企業の約束手形(融通手形)を振出し交付し、丸松製作所に対し放漫な融資を始めた。それ以来、大泰企業の丸松製作所に対する仮払金は急速に増加し、別表一覧表記載のような推移で、昭和五二年三月三一日にはその残高は金一億八五八四万円余という法外な金額に達したが、このような多額の融通手形が大泰企業の資金管理面で重大な支障となり、丸松製作所からこれを回収することも不能となつたため、遂に倒産するに至つたものである。

(二) 大泰企業は、本件取引の当時には、早晩倒産することが必至の状態であつた。

昭和五一年一二月三一日当時の大泰企業の財務内容は昭和五一年度総勘定元帳の記載によると、別紙貸借対照表(1)のとおりである。しかし、このうち固定資産の欄に記載したものは、企業の継続を前提とする限り支払資金にはならない。また、売掛金のうち七七三万円は訴外新全興実業股〓有限公司に対するものであり、すでに数年前から回収不能であることが明らかであつた。さらに、仮出金のうち金二億〇四一六万円は丸松製作所に対するものであり、同社は従来から経営が破綻しており、回収の見込みはほとんどなかつた。なお、総勘定元帳の商品欄に△印が付いているのは、商品を売却して売上に計上したが、引渡未了であることを意味すると考えられる。以上の事実により前記貸借対照表を修正すると、別紙貸借対照表(2)のようになるが、仮出金のうちにはまた訴外ニッコー商事株式会社に対するものが金一六〇〇万円位あり同社はそれ以上の債権を大泰企業に対し有していたから、同社から右仮出金を回収して支払資金にあてることは困難であつた。

銀行取引についてみると、主取引銀行であつた訴外第一勧業銀行株式会社堂島支店に関しては、昭和五一年度中に取引量が減少の一途をたどり(たとえぱLCなしの外国為替手形の割引残高は、昭和五一年一月当時金八六〇〇万円、同年六月当時金四八五〇万円、同年一一月二日当時一五〇三万円、昭和五二年一月以降は外国手形の割引が全くない。)、昭和五一年一一月には不動産の担保を解消して、実質的に取引を終了させているのである。

大泰企業は、昭和五二年四月末日で金四〇〇〇万円程度の資金不足を生じ不渡手形を出して倒産したが、翌五月にはやはり金四六〇〇万円程度の手形決済を必要とする状態であつた。ところが、大泰企業の破産手続における収入は、わずかに金二〇二万円にすぎなかつたのであつて、右手形決済資金の手当は何らなされていなかつたのである。

大泰企業は、資金繰りの悪化のため融通手形の操作によつて経営資金を得ていた。その方法は、大泰企業の約束手形を振出して取引先に交付し、取引先で手形を割引き、その割引金を大泰企業が受取るというものである。大泰企業は、右融通手形により、昭和五一年一〇月では約一五〇〇万円、同年一一月では約二六〇万円、同年一二月では約一九〇〇万円、昭和五二年一月では約一九〇〇万円、同年二月では約二一〇〇万円、同年三月では約一六〇〇万円に上る資金を得ていたものであつて、毎月の手形の支払のうちほぼ半分を融通手形に頼つていたのである。

なお、本件取引は、大泰企業が取扱つていた丸松製作所製松山式織機の輸出に関連したものであるが、大泰企業は、昭和五二年一月にすでに右機械の代金を訴外日綿実業株式会社から受取つていたので、本件取引による原告の債権については、この点でも引当てになるものがなかつた。

(三) このような情勢から、昭和五一年一一月頃には、越郎自身も事業継続の意思をなくしていた。

すなわち、大泰企業は、昭和五一年一一月に従前の主取引銀行との取引を断ち、その役割を訴外不動信用金庫及び他の都市銀行に分散して求めたが、事業継続に必要な外為業務を取扱う都市銀行を主都市銀行に定めることをしなかつた。また、大泰企業は、昭和五二年三月一一日不動信用金庫から金一五〇〇万円の運転資金を借入れ、同年四月一一日に三井銀行から受領した輸出手形買取代金を源資としてこれを返済したが、越郎が、企業継続の意思を有していたのであれば、右借入金の返済を延期するか、もしくは未だ与信枠のあつた不動信用金庫から直ちに新規借入の措置をとるかしたはずであつた。さらに、大泰企業は、昭和五二年三月三一日に金二〇〇〇万円位の未払金を清算しているが、この中には前年度に繰越処理していた代理店手数料の支払が含まれている。しかし、倒産の危機に瀕した企業であれば支払時期の延せる負債は全て延ばすのが当然であり、現に大泰企業は、昭和五一年三月三一日の決算において、本来ならば速やかに清算しなければならない銀行の割引料等を翌年に繰越しているのである。ところが、それ以来一年を経過してますます切迫した昭和五二年三月三一日に前記のような措置をとつていることは、その当時越郎において企業継続の意思を有していなかつたことを裏付けるものである。

(四) 以上のような大泰企業の倒産原因、本件取引当時の資産状況、越郎の意図からすれば、越郎には、原告に前記損害を被らせたことについて商法二六六条の三所定の重大な過失があつたというべきである。

3  越郎は、昭和五四年一一月二〇日死亡し、妻である被告玉岡冨美が三分の一、子である被告玉岡暉敏、同玉岡義敏、同中井美智子、同小川悦子、同中井千代子が各一五分の二の相続分で越郎の権利義務を相続した。

4  ところで、原告は、大泰企業に対する破産手続において昭和五三年八月に金六万九一二一円の配当を受け、これは昭和五二年七月一日に期限の到来した金二九〇万円に対する利息の弁済に充当されたので、昭和五二年一一月二二日までの利息が弁済されたことになる。

よつて、原告は、被告玉岡冨美に対しては金二七二万六六六六円及び内金九六万六六六六円に対する昭和五二年一一月二三日以降、内金七九万三三三三円に対する同年八月二日以降、内金九六万六六六六円に対する同年九月一日以降各完済まで商事法定率の年六分の割合による遅延損害金の支払いを、また、その余の被告らに対しては、いずれも原告に対し金一〇九万〇六六六円及び内金三八万六六六六円に対する昭和五二年一一月二三日以降、内金三一万七三三三円に対する同年八月二日以降、内金三八万六六六六円に対する同年九月一日以降各完済まで前記割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  被告らの本案前の主張

原告代表者土方司馬一は、昭和五二年一一月八日越郎に対し、本件損害賠償債権がないことを認めるとともに、右損害賠償債権の履行を求める訴は提起しないことを約束した。したがつて、本件訴は、訴の利益を欠くものとして却下されるべきである。

三  請求原因に対する被告らの答弁と主張

1  請求原因1項記載の事実は認める。

2  同2項(一)記載の事実中、越郎が大泰企業の代表取締役であつたこと、大泰企業が昭和二六年三月二三日設立された繊維機械の輸出販売等を目的とする会社であること、昭和四八年頃台湾の取引先企業から松山式織機購入の注文を受けていたのに後にこれが解消され、原告を含む大泰企業の仕入先メーカーが損害を被つたこと、越郎が、丸松製作所に対し、商品代金の前渡として、仮払金勘定で、大泰企業の約束手形を振出し交付したこと、右仮払金が原告主張のような推移をたどり、昭和五二年三月三一日にはその残高が金一億八五八四万円であつたことは認めるが、その余の事実と主張は争う。

同項(二)記載の事実中、新全興に対する売掛金が回収不能であつたことは否認する。たとえば、昭和五一年一〇月に二六二八ドル、同年二月に一八九二ドル、昭和五二年二月に金一〇〇〇ドルを回収している。丸松製作所に対する仮払金については、右仮払金は織機購入代金の前渡金であるから、大泰企業が丸松製作所から債権として回収すべきものではない。総勘定元帳の商品の△印は、計算書類上貸方に残高が残つていることを示し、同記載の金額の売買利益が生じていることを示すものである。銀行取引について、主取引銀行である第一勧業銀行との取引が減少して行つたことは認めるが、減少の理由は、オイルショック後D/A手形の事故が続出したこと等から第一勧業銀行が台湾向けD/A手形の取扱を歓迎しなくなつたうえ、同銀行の方針として、大泰企業の重要な海外市場のひとつであつたスーダン国向けの取引手形を扱わないことになつたため、第一勧業銀行との取引量が減少したもので、その減少分だけ協和銀行及び三井銀行との取引量が増加している。第一勧業銀行に対する不動産担保を解消したのもこの理由による。大泰企業が原告主張のような融通手形の操作により資金を得ていたことは否認する。被告は取引先に約束手形の書替えを依頼していたが、原告はこれを融通手形と誤解しているのであり、大泰企業が融通手形を振出したことは皆無である。本件取引により買受けたドピー機等は日綿実業を経由して輸出し、その代金は昭和五二年一月中に日綿実業から受領したことは認める。

その余の請求原因2項(二)記載の事実は否認する。

同項(三)記載の事実中、第一勧業銀行との取引を他の金融機関に変更したことは認めるが、その理由と実情は前記のとおりである。大泰企業が昭和五二年三月に不動信用金庫から金一五〇〇万円を借入れ、同年四月に返済したことは認める。大泰企業は、昭和五二年四月にも不動信用金庫に新規借入をおこそうとしたが、丸松製作所から納入された織機が不完全であつたため借入を断念し、自己破産の申立をしたものである。その余の請求原因2項(三)記載の事実は否認する。

3  同3項記載の事実は認める。

4  大泰企業は、台湾の取引先から松山式織機五二二台購入の正式注文を受けて承諾し、その製造をメーカーである丸松製作所に発注済であつたが、昭和四九年六月右取引先から、突然右注文取消しの通告を受け、重大な打撃を受けた。そこで、越郎は、丸松製作所に五二二台全部を契約どおり製造させて納入を受けたうえ他への転売をはかるべきかどうかの選択にせまられたが、もしそうすると、大泰企業は、すでにその当時丸松製作所に前渡金として交付していた金一億円のほかに金四億円もの買掛債務を負担することになり、他方では莫大な在庫商品をかかえて転売に苦しむこととなり、危険な事態を招くことが必至であつた。なお、当時いわゆるオイルショックによる異常な原材料高騰が続いていたので、大泰企業は、注文を受けた織機全部の製造を一時に丸松製作所に発注してしまつていたのである。そこで越郎の選択した打開策は、台湾の取引先に対しては注文取消しを撤回させ、景気の好転に伴う将来の船積みに期待しかつ努力する一方、丸松製作所に対しては大泰企業の責任を果しながら船積みまで製造を一時中止させ、船積み毎に丸松製作所との契約を履行して行くという方法であつた。そして、越郎は、台湾側と交渉して注文取消しは撤回させ、景気の好転を待つて順次船積みを実施して行くことを了解させ、丸松製作所に対しては、五二二台の製造を一時中止してもらい、ただ、船積みが可能になるまで機械代金の前渡金を支払つて行くことを約束し、なお、急騰中の材料の確保は十分しておくよう要請したものである。原告主張の前渡金としての仮払金は、このような理由で支払われたものである。越郎は、その後販売に努力し、倒産時までに合計一五〇台の船積みができた(その結果、三七二台が残つた。)。昭和五一年三月には、台湾の恰華実業股〓有限公社から丸松製作所製織機二〇〇台の発注を受けたこともあつたが、この取引は先方の都合で実現できなかつた。また、倒産直前の昭和五二年三月六日から一五日までの間に越郎が渡台した際には、僑星織物外五社との間で、実に合計三〇〇台の注文決定又は注文予約にこぎつけ、遅くとも昭和五二年五月よりは毎月二〇台ないし四〇台の船積みが可能であつた。ところが、この間不況が予想外に長期化し、このようなことは何人にも予測できなかつたことであり、織機の販売も前記一五〇台の他には思うように伸びず、その間D/A手形の支払期日延期の続出及びそれに伴う金利負担が非常に増加する等種々の経済的要因が重なり、倒産を招いたものである。

以上のとおり、越郎は、本件取引まで大泰企業に最も有利であるように努力していたものであつて、企業経営者としての合理的判断を逸脱したことなく、同人には、大泰企業の経営について商法二六六条の三にいう故意又は重過失はもとより、軽過失も存在しない。なお、もともと、本件取引前の事情は、本件取引にあたつて越郎に重過失等があつたかどうかを判断する背景ないし前提事実となることはあつても、それ自体は、直接本件取引による原告の損害について原因関係にある事実として把握することはできないものと考えるべきである。

本件取引代金ないし約束手形は、支払の見込みがなかつたのではない。大泰企業の直接の倒産原因は、昭和五三年四月不動信用金庫から借入予定の金二〇〇〇万円の融資を受けられなかつたために資金不足を来たしたことにあり、それも、丸松製作所納入の織機が不完全であつたため、その売得金より不動信用金庫へ返済できないため、大泰企業が自発的に融資を受けることを断念したことによるものである。同年三月中にも不動信用金庫から融資を受け、同月中の織機の売得金より返済している実績があり、そのころは、毎月二〇台ないし三〇台の船積みもあり、同年五月の船積予定もあつた。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本案前の主張

原告代表者が、被告らの本案前の主張のような約束をしたことは、これを認定するに足りる証拠がない。したがつて、被告らの右主張は、採用することができない。

二原告の損害

請求原因1項記載の事実は、当事者間に争いがない。そうすると、原告は、大泰企業が倒産した結果、本件取引による売掛代金合計金八一八万円を回収することができず、損害を被つたものというべきである。

三大泰企業倒産の経緯

承継前被告亡玉岡越郎が大泰企業の代表取締役であつたこと、大泰企業が昭和二六年三月二三日設立された繊維機械の輸出販売等を目的とする会社であつたこと、台湾の取引先から注文を受けていた松山式織機について、右注文が取消され、大泰企業の仕入先メーカーが損害を被つたこと、越郎が丸松製作所に対し仮払金勘定で大泰企業の約束手形を振出し交付したこと、右仮払金が原告主張のような推移をたどり、昭和五二年三月三一日にはその残高が金一億八五八四万円であつたことは、当事者間に争いがない。右事実と、〈証拠〉によれば、つぎの事実を認定することができる。

大泰企業は、前記のとおり昭和二六年三月二三日設立された織機等の輸出販売を主たる事業としていた会社である。資本金は、本件取引前から金四〇〇万円、従業員はおおむね一〇数名程度であつた。越郎は、設立当初からの代表取締役であつたが、大泰企業は越郎の個人的な経営手腕によつて経営され、後記のような難局に際しても同人が独力で打開策をはかり、したがつて、越郎の二男で取締役をしていた被告玉岡義敏も、具体的な経営、経理内容については、知るところが少ない。

大泰企業の取扱う織機は、丸松製作所の製作する松山式織機と呼ばれるものであり、その主たる輸出先は台湾であつた。

大泰企業は、昭和四八年頃までに、台湾の取引先から合計七〇〇台余りの松山式織機の注文を受けていたが、いわゆるオイルショックの影響に基づく台湾市場の不況のため、遅くとも昭和四九年六月頃までの間に、右取引先から、五〇〇台位の納入残について、すべて注文取消しの通告を受けた。右織機の輸出代金は、一台当り金一〇〇万円近いものであり、かつ、大泰企業は、材料代金の異常な高騰傾向に鑑み、丸松製作所に対し、機械代金の前払金としてそれまでに多額の約束手形を振出し、これによつてできるだけ材料を確保するよう指示していたので、大泰企業は、右注文取消しにより重大な場面に立至つた(もつとも、注文取消しのあつた時期が必ずしも明らかでなく、したがつて、その時点における右前払金の残高(それまでに納入された織機については、売買代金との相殺がなされているはずである。)がいくらであつたかは、これを確認することができない。)。そこで、越郎は、台湾側と交渉したが、注文取消しを全面的に撤回させることはできず、ただ、台湾の景気が好転し船積みが可能になるのを待つて順次可能な範囲で輸出して行くべきものとする趣旨の合意ができた。その後、しばらくの期間を経たのち、小口の船積みをしつつ、昭和五二年四月の倒産時までには、一五〇台位の輸出をすることができた。

丸松製作所は、大泰企業が取扱う織機の唯一のメーカーでありほとんど全部を大泰企業に納入していたので注文取消しにあい、大泰企業とともに重大な危機を迎えた。ところで、大泰企業と台湾の取引先との間で前記のような合意ができたので、大泰企業と丸松製作所の間でも、交渉の結果、丸松製作所は予定されていた製造を見合わせ、台湾側から追つて注文のある都度必要分を順次製造して大泰企業に納入する旨の合意ができた。しかし、丸松製作所としても、製造販売が落込むことにより会社の存続自体が危くなるので、製造及び納入を見合わせる代りに、将来納入する織機代金の前払金として金銭を支払うよう大泰企業に要請し、越郎はやむを得ないこととしてこれに応ずることとした。その結果、大泰企業は、仮払金として、毎月多額の約束手形を振出して丸松製作所に交付し、もしくは現金を丸松製作所に交付し、その仮払金の毎月の残高は、当事者間に争いのないとおり別紙一覧表記載のように極めて高額にのぼつた。

丸松製作所は、大泰企業から受取つた右約束手形を他に譲渡して資金化していたため、大泰企業は、これらの約束手形を決済する必要があつた。もつとも、右仮払金は、大泰企業が現実に織機の納入を受けた場合にはその代金と相殺されるべきものであつたが、不況が長引いたため注文が思うようにならず、買受代金との相殺だけでは到底まかなうことができなかつた。また、大泰企業自体も織機の輸出不振のため資金に困窮し、右約束手形を独力で決済して行くことができなかつたので、大泰企業は、毎月、丸松製作所から、数百万円程度の決済資金の提供を受け、これを決済資金の一部とするような情況に立至つた。

丸松製作所は、前記オイルショック以後経営が悪化し、同会社所有不動産は銀行等の担保に供されて他に見るべき資産はなく、大泰企業の倒産時には丸松製作所もほとんど倒産状態となり、前記仮払金残額は、回収不能な状態になつていた。丸松製作所は資本金六〇〇万円の会社で、昭和五〇年一一月三〇日現在の貸借対照表上金六〇万六三三七円の利益を計上しているが、前期からの繰越損失が金九五六六万六二六八円あるため結局金九五〇五万九九三一円の損失を次期に繰越し、昭和五一年一一月三〇日現在の決算では、金五八七万六七二五円の当期損失を計上し、金一億〇〇九三万六六五六円の損失が次期に繰越された。なお、越郎は、丸松製作所の大口株主であつた。

大泰企業は、前記注文取消しを契機として、資金繰りに窮し取引先に対する支払手形の延期を繰返していた。その決算によれば、昭和四九年三月三一日現在で金四八五万〇五四六円、同五〇年三月三一日現在で金七〇万四八四六円、同五一年三月三一日現在で金一二万一〇四六円の各当期利益を計上しているが、いずれも前期からの繰越損失のため欠損の決算になつており、昭和五二年三月三一日現在では、金一四八万一四〇九円の当期損失を計上している。しかも、これらの決算では、対丸松製作所を中心とする多額な仮払金が資産に計上されているのであつて、その金額は、昭和四九年三月三一日現在から、順次、金九九八四万二五九三円、金一億八一五三万七七一一円、金一億九九一四万三一〇七円、金二億三三三〇万五一七五円となつている。大泰企業は、織機業界の長期不況と前記仮払金の負担過重から、昭和五二年四月三〇日満期の約束手形の支払資金を捻出することができず、ついに不渡手形を出して倒産し、同年五月四日越郎が破産宣告を申立て、同年六月二〇日破産宣告がなされた。不渡手形を出した直接的な原因としては、大泰企業は、訴外不動信用金庫から金一五〇〇万円程度の融資を受けることを予定していたが、右融資は、同年四月中に船積み予定の織機の輸出代金により返済する前提であつたところ、丸松製作所が予定通りに織機を完成することができなかつたために前提条件が実現できず融資を受けられなかつたことと、丸松製作所が前記のような趣旨の手形決済資金として大泰企業に提供すべく予定されていた金四〇〇万円程度の資金が提供されなかつたことにある。

本件取引は、昭和五二年一月から三月にかけての売買であり、右代金の弁済期は、同年六月ないし八月の各月末日支払の約である。ところで、大泰企業は、昭和五一年一二月末日現在において、その後に満期の到来するつぎのような金額の約束手形を決済しなければならなかつた。

昭和五二年一月金四一〇八万一八四八円、同年二月金四一八八万四四五三円、同年三月金三〇五八万〇三四四円、同年四月金二四二四万九二六五円、同年五月以降金三八〇〇万円

また、昭和五二年三月末日現在では、要決済手形金額は、つぎのようになつた。

昭和五二年四月金四〇七三万八三一五円、同年五月金四四〇六万〇八六七円、同年六月金三八一三万四八二六円、同年七月金二四二五万一〇〇〇円、同年八月金二〇九六万九六〇〇円、同年九月以降金一七〇〇万円

すなわち、大泰企業は、丸松製作所に対する仮払金手形を含め、事業を継続する以上毎月金四〇〇〇万円内外の手形の決済を要する情況であつた。大泰企業は、これらの支払資金に困窮していたのであつて、前記の本件買掛金の支払がなされ得るかどうかは、大泰企業が、前記のような高額の仮払手形決済資金を含む資金手当をして本件各買掛金の各弁済期まで大泰企業を存続させることができるかどうかとほとんど同意義であつた。そして、その成否は、主力商品である織機の輸出情況にかかつていた。預金は昭和五一年一二月末日現在で合計金一八五三万円程度しかなく、金融機関からの借入金の実質上担保となつていたのでその取り崩しにも限界があつたし、借入金は、昭和五一年一二月末日当時不動信用金庫に金一五〇〇万円の与信枠残高(根抵当極度額と従前の貸付金との差額)があつたにすぎなかつたのである。

以上のように認定することができ、前掲証拠のうち右認定に反する部分は採用することができず、その他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

四越郎の責任

仮払金は、将来織機が現実に売買される場合にはその代金の弁済にあてられるものであるが、将来の個別的な売買契約との間に具体的な関連性をもつてなされたものではなく、あるいは個別的な売買契約自体その成否、内容が不確実なものであつて、実質的に見た場合には、多分に丸松製作所に対する資金援助の性質を有するものとみられる。そして、仮払金は、返還が予定されておらず、不確実な将来の売買代金債務との相殺が考えられるほかには、返還ないし前記のような丸松製作所からの毎月の戻し金を担保すべきものは何も存在しない。その金額は著しく高額であり、長期にわたり、業界が不況であつたこと並びに大泰企業及び丸松製作所の規模と経営内容に照らすと、このような仮払金を累積させたことは、これを合理的とする特段の事情のない以上、放漫な経営方法であつたといわなければならない。

この点について、被告らは、これが合理的であつたこと及び倒産は予測不可能であつたことを強調するが、この点に関する被告玉岡義敏本人尋問の結果(第一、二回)によつては、未だ十分な心証を得ることができない。

まず、被告らは、大泰企業は丸松製作所に対し台湾向けの織機全部を発注済みであつたから、注文取消しを受けたのにかかわらず、本来織機全部の納入を受けてその代金を支払う義務があつたのであり、そうするときは、金四億円位もの代金支払を要し、他方在庫の転売に苦しみ危険な事態となるところであつたから、これを避けるため仮払金支払によつて事態の打開を図つたのであつて、他に選択の余地のない最善の方法であつたと主張する。しかし、右主張のように織機全部について注文がなされていたことについては、これに副う被告玉岡義敏本人尋問の結果(第一、二回)は、それ自体あいまいであり、前記甲第二三号証の一一はその裏付けとして十分でなく、その他には的確な裏付けがないのでにわかに採用し難く、その他に右事実を認定するに足りる証拠はない。したがつて、被告らの前記主張は前提を欠くので採用することができない。のみならず、仮にそうでないとしても、業界の不況の折にその回復ないし輸出実現についてある程度の確実性を伴わない見込みのもとに、それがはずれた場合には取返しがつかず、益々多額の新たな債務を負担して倒産する虞れが多分にあるような手段で企業の存続を図ることは、株式会社が経済社会において重要な地位を有することに鑑みると、これを合理的であるとすることは困難である。たしかに、越郎は、台湾の業者との間で、関係を絶つことなく継続して順次輸出して行くことまでの合意はとりつけていたのであるが、この程度のことでは、実際上、景気が好転したら輸出できる情況にあつたといえるだけで、近い将来これが実現すると考えるべき根拠にはならない。また、被告らは、織機輸出不況の長期化は予測不可能であつたと主張するが、本件の全証拠によつても、この点に関する越郎の見通しが経営者として不合理とはいえなかつたと認定するに足りる的確な立証はなされていない。

さらに、被告らは、本件取引時には、昭和五二年五月以降毎月織機二〇台ないし四〇台の輸出をすることが可能な状態にあつたと主張する。被告玉岡義敏本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したものと認められる乙第一三号証のうちには、昭和五二年五月以降毎月織機三〇ないし四〇台(金三〇〇〇万円ないし四〇〇〇万円)の輸出可能の状態であつたからそれだけ楽に手形決済できる予定であつたという記載があり、被告玉岡義敏本人尋問の結果(第一、二回)のうちにも、一部これに副う部分がある。しかし、これらは抽象的であり、具体的な裏付証拠を欠くものであつて、それだけでは十分な心証を得ることはできないものといわざるを得ない。

以上によれば、越郎の経営は放漫なところがあつてこれが倒産の原因となり、しかも、本件取引当時その買受代金を確実に支払うことのできる情況にあつたわけでもないのであるから、原告の被つた前記損害は、越郎の代表取締役としての忠実義務、善管注意義務に著しく違反した経営の結果生じたものというのが相当である。

五結論

そうすると、越郎は、商法二六六条の三第一項により、原告の被つた損害を賠償する義務を負担していたものである。そして、請求原因3項記載の相続の点は当事者間に争いがないから、原告に対し、被告玉岡冨美は金二七二万六六六六円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年一二月一日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金(遅延損害金は、請求のあつた日の翌日から民事法定利率により生ずると解するべきである。)を支払う義務があり、その余の被告らは、いずれも金一〇九万〇六六六円及びこれに対する同日以降同じ割合による遅延損害金を支払う義務がある。

したがつて、原告の請求は、被告らに対し右金員の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さない。 (加藤英継)

一覧表

昭和

年月日

丸松製作所に対する

仮払金の残高(円)

仮払金残高の総額(円)

47.4.1

三五五万二三一〇

一四四〇万四九三〇

〃.6.1

六〇五万二三一〇

二〇九二万〇一六五

〃.8.1

一二〇〇万〇三八〇

二六五四万六九六九

〃.10.1

二八一三万九九〇〇

四七六七万八四二二

〃.12.1

三〇〇万

一九二二万八三五九

48.2.1

一九〇〇万

四一二四万四九三四

〃.4.1

四〇〇九万〇九五六

五七六三万九二二九

〃.6.1

二七八〇万五〇九六

四五八四万五五八二

〃.8.1

二五一〇万九六九六

七〇一一万一四三二

〃.10.1

四七一七万六三〇五

九八〇〇万二〇九九

〃.12.1

九四一七万六三〇五

一億八四五四万二五八六

49.2.1

二三八六万八四三五

一億六七八〇万五八六六

〃.4.1

四五〇三万六二八二

一億〇一二二万二四三〇

〃.6.1

七七一八万五七八九

一億二七八六万五六五〇

〃.8.1

一億〇三九八万〇四八〇

一億四一〇八万四二八九

〃.10.1

一億一八〇八万九〇九一

一億五九三五万一二五〇

〃.12.1

一億二一六七万九八九一

一億四六二五万四九四四

50.2.1

一億三六一三万七〇二八

一億八三一七万一五八七

〃.4.1

一億二七八九万七四二八

一億八一五三万七七一一

〃.6.1

一億三五〇六万一八二八

一億七四四三万九五四一

〃.8.1

一億三八五二万七八二八

一億九八七一万三四五九

〃.10.1

一億五一五二万七八二八

二億一五二四万七六三三

〃.12.1

一億七三〇三万八五七八

二億二一三〇万七四二六

51.2.1

一億四八三〇万七五二七

二億二一三六万五四〇四

〃.4.1

一億六〇九四万四三〇七

一億九九一四万三一〇七

〃.6.1

一億七九九一万一三〇七

二億二〇五七万一〇二二

〃.8.1

二億〇六九〇万四八〇七

二億七一六一万一八一六

〃.10.1

一億八二四八万四九二六

二億四一一三万七〇〇五

〃.12.1

一億八五四二万〇九二六

二億二一四六万六三一一

52.2.1

二億〇四一六万一九八六

二億五七四四万八九一二

〃.4.1

一億八五八四万四三九一

二億三三三〇万五一七五

貸借対照表(1)

昭和51年12月31日現在

資産の部

負債の部

科目

金額

科目

金額

流動資産

流動負債

現金

141,974

支払手形

175,795,910

当座預金

△1,610,620

買掛金

13,855,050

定期預金

18,772,598

借入金

29,758,587

積立預金

1,187,500

未払金

23,304,935

普通預金

1,145,669

仮受金

18,658,009

受取手形

7,750,000

引当金

売掛金

25,415,635

海外市場開拓準

仮出金

227,712,752

価格変動準

出資金

300,000

貸倒引当金

商品

△36,890,112

資本

固定資産

資本金

設備造作

276,766

利益準備金

車両

702,210

別途積立金

器具備品

130,715

繰越欠損金

電話加入権

329,998

当期損失金

合計

合計

備考 普通預金欄の金額は通知預金1,106,167円を加えたものである。

貸借対照表(2)

昭和51年12月31日現在

資産の部

負債の部

科目

金額

科目

金額

流動資産

流動負債

現金

141,974

支払手形

175,795,910

当座預金

△1,610,620

買掛金

13,855,050

定期預金

18,772,598

借入金

29,758,587

積立預金

1,187,500

未払金

23,304,935

普通預金

1,145,669

仮受金

18,658,009

受取手形

7,750,000

引当金

売掛金

17,685,635

海外市場開拓準

仮出金

23,552,752

価格変動準

出資金

30,000

貸倒引当金

商品

資本

固定資産

資本金

設備造作

利益準備金

車両

別途積立金

器具備品

繰越欠損金

電話加入権

当期損失金

合計

合計

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